vol.120

英語教育の教材について
一般社団法人日本図書教材協会理事
星槎大学大学院教授
新井郁男

 小学校でも英語を教科として教えることとなった。グローバル化社会が進展するなかで、国際語化している英語を学ぶことが重要であることは否定すべくもない。しかし、どのように教えるかについては理想だけでなく現実もふまえて検討することが重要であろう。さまざまな論議があるところであるが、ただ単に簡単なコミュニケーションの力を身につけるということではなく、文化としての言語という側面に視点を置いた教育が必要ではないだろうか。

 小学校の現行学習指導要領では、第5〜6学年に導入されている外国語活動の目標として、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」と書かれている。

 この目標自体については、どこまで可能かは別として、異議はないが、強調したいのは、言語自体が文化であるということである。「言語や文化」というのではなく、「文化としての言語」ということである。これを学問=言語学的に論じる紙面の余裕はないが、言わんとしたいところはこういうことである。

 英語では自分のことを表す主語は基本的にはIだけであるが、日本語では、私、おれ、僕など数え上げればきりがないくらい多くある。また、羊のことは英語ではsheepと言うのに対して、食べる羊肉はmuttonというが、それに相当する日本語は無い。羊の肉を食べたいときには、日本のレストランであれば「羊」というだけで問題はないだろうが、英語圏に行ってsheepを食べたいというなら生きた羊が食卓に出てくるかもしれない。

 こんなことは常識的に分かっているかもしれないが、こんな例を通じて、文化としての外国語の特色に目を向けさせるような教材の開発をしたいものである。

〜図書教材新報vol.120(平成27年4月発行)巻頭言より〜