vol.95

「心の糧」に迫る教材
社団法人日本図書教材協会副会長
川野辺 敏

 クリックで瞬間に情報が消えるパソコンの画面を見ながら、子どもの心に染み入り、生き続ける教材がどう扱われているのか気になっている。少し古い話になるが、私は1960〜80年代には旧ソ連に出かけることが多かったが、訪問先の学校や研究所などで、よく歓迎会を開いてもらった。もののない時代ではあったが彼らは乾杯を繰り返した後で、必ずといってよいほどプーシキンやレルモントフなどの詩やトルストイの文章の一部などを起立・朗詠するのであった。子ども時代に暗記させられた名文・名句を成人後も心の中に秘め、生きる糧としているのである。残念ながら戦後の日本では暗記・暗誦はむしろタブーであり、そのせいばかりとも言えないが下手な演歌か民謡でごまかした記憶がある。

 小・中・高校時代に心に留めておきたい文章の一部や故事・ことわざ・名言・名句などを読み聞かせ、暗記を含めて教えておくと、その後の人生の財産になるに違いない。キャッテル・ホーンの流動性知力と結晶性知力の研究によれば、前者の知力である計算力や短期記憶力は20歳頃から低減し続けるという。経験上からもこれは間違いなかろう。朝日新聞の「天声人語」(2月3日朝刊)では、いじめの多発を懸念して「ごんぎつね≠ェ昭和31年の教科書に登場してから6千万人の子どもが幼い心にやさしさや悲しさをそっと沈めてきた」といった一文を載せていた。

 「ごんぎつね」だけでなく、若い時代に子どもの心に浸み込むような文章や詩句を集め、提供することはできないものだろうか。勿論、これらの選択には十分な注意を払う必要はあろうが、人間個人として、民主的で自由・平和な社会に生きていく者として役立つと思われる内容を探し出すことは可能であろう。これらは、情報機器で一瞬画面に示せばよいというようなものではない。図書教材の長所を生かしたいものである。

〜図書教材新報vol.95(平成25年3月発行)巻頭言より〜